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10話 ヒナの回想

Auteur: みみっく
last update Dernière mise à jour: 2025-08-27 02:35:32

 その瞬間——ヒナの心には、忘れがたい何かが深く、深く焼き付いた。彼の腕から伝わってくる血の生温かい温度、震えるほど力強く、それでいて優しく彼女を掴む指の感触。そして、何よりも、彼女の命を守ろうとする彼の揺るぎない意思。それらはヒナの中で、単なる命の恩人という言葉では言い尽くせないほどの、深い感謝と敬意となって刻み込まれた。

 彼は、傷つきながらも自分を救ってくれた。その姿は、幼いヒナにとって、まるで絵本から飛び出してきたヒーローのようだった。「この人のためなら、私はすべてを捧げられる」という、幼心にも強い決意が芽生えた。ユウマの存在は、彼女の世界を照らす唯一の光になった。

 その後、二人はすぐに救急搬送された。ヒナは幸いにもかすり傷程度で済んだが、ユウマは重症で、あの痛々しい傷痕と共に、数週間もの間、入院することになったのを、ヒナは今でも鮮明に覚えていた。

 ユウマの胸に残る、あの傷跡。それが有刺鉄線のものだと確信した瞬間、わたしの心臓は激しく高鳴った。ずっと心の奥底で探し求めていた、あの時のヒーローが、目の前にいるユウマだと分かったのだ。あまりの嬉しさに、どうすればいいのか分からなくなった。

♢喜びと混乱の狭間で

 ユウマが、何事もなかったかのように床に置いた服を手に取り、背中を向けてシャツに袖を通そうとしている。その背中には、さっきまで見えていた生々しい傷跡が、今はもう隠されている。

 わたしは、喉の奥から込み上げる叫び声を必死に押し殺した。喜びで全身が震えている。自分がこんなにも感情を揺さぶられるなんて、今まで経験したことがなかった。どうすればいい? 何て言えばいい? 『あの時のユウマくん、わたしを助けてくれたんでしょ?』そう問い詰めたい衝動に駆られるが、言葉が喉に詰まって出てこない。

 今までは、わたしの探し求めていた“わたしのヒーロー”に名前も面影も似ていて、自然と惹かれるものがあり、無意識に抱きついて甘えていたのかもしれない。けれど今になって思えば——わたしの直感は、当たっていた。

 ユウマくんは、間違いなく、わたしにとっての“光”。そして“ヒーロー”だ。 憧れの存在でもあり……心を惹かれてしまう人。 そんな人と、今こうして一緒に過ごしているなんて——。

 んぅ ……急に、恥ずかしさが込み上げてきた。

♢友達という名の仮面

 ユウマがシャツを着終え、ゆっくりと振り返る気配がした。わたしは反射的に視線を逸らし、ソファのクッションをぎゅっと抱きしめた。平静を装わなければ。今、この感情を彼に悟られてはいけない。

「お、お着替え、終わった?」

 震える声を悟られないように、努めて明るい声を出そうと試みた。しかし、その声は想像以上に上ずってしまい、すぐに後悔した。ユウマが不思議そうな顔でこちらを見ているのが分かる。

 違う、わたしはいつものヒナだ。友達のユウマくんの部屋に遊びに来ている、ただの友達。そう自分に言い聞かせる。心臓がうるさいほど鳴り響き、顔が熱い。

「ね、ねぇ、喉乾かない? 何か飲む? わたし、ユウマくんの冷蔵庫、勝手に開けちゃおっかなー?」

 ぎこちない笑顔を貼り付け、強引に話題を変えようとする。普段なら迷わず開けるはずの冷蔵庫に、手を伸ばすことさえ躊躇ってしまう。まるで初めて彼の部屋に来た時のように、手足の置き場に困る自分がいた。

 この喜びと、彼への複雑な感情を、どう隠し通せばいいのだろう。

「うん、いいよ」

 ユウマは何も知らないまま、優しい笑顔で答えてくれた。その優しい声が、今のわたしには、今までとは違う響きを持って聞こえた。

 わたしは今すぐにでも、あの時のお礼を伝えたい。 この胸に秘めてきた、尊敬と感謝を言葉にしたい。 そして……出会って間もないはずなのに、ユウマという人に惹かれ、芽生え始めてしまったこの恋心も……「好き」と、ただ一言でも伝えてしまいたい。

 でもユウマにとって、わたしはただの「仲の良い友達」。 まだ何も知らない相手でしかない。 だけど、わたしにとっては違う。ずっとずっと心の中にいた“ヒーロー”。 わたしの命を救ってくれて、憧れで……光のような存在だった。

 その想いが、今は恋に変わりつつある。 でももし、伝えて拒まれたら——こわい。 もう一緒にいられなくなるなんて……耐えられない。

 だったら、今のままでもいい。 この関係を続けて、友達としてでもそばにいたい。 尽くして、支えて、少しずつ……少しずつ、わたしの想いと感謝を返していきたい。

 そして、ユウマが望んでくれるなら—— そのときは……わたしを、もらって欲しい。

わたしは思いっきりいつものわたしに戻ろうと決めた。

「うん。よし! いつものわたし復活っ」

 そう宣言すると、ユウマくんはびっくりして、わたしから距離を取った。思わず、追いかけるようにぎゅうっと腕に抱きつく。

「逃げちゃいやぁっ」

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